KSTAC OB会 穂高雪崩報告
(2019年5月1日)

1.はじめに

 KSTAC OB会は、KSTACの監督・コーチの登山技術の向上を目的に、アルピニストPjとして、アルパインクライミングの実践を行ってきた。 実施責任者は、元監督の中田と現監督の松本である。2019年度のGWは、剣岳長次郎谷を計画していたが、悪天が予想されたため、穂高岳に変更になった。
 山行二日目、奥穂高岳を目指し登山中、雪崩に遭遇した。幸いなことに全員無事であったが、今後の登山活動に役立てるために情報共有を目的として、本事象をまとめ報告する。

2.山行計画

①期日:2019年4月30日(火)-5月3日(木)

②メンバー: 3名
 ・リーダ:  中田正文
 ・SL:    松本尚貴
 ・メンバー: 加藤浩太

③日程
 4月30日(火) 上高地 12:00集合 横尾⇒涸沢
 5月1日(水)  涸沢⇔北穂高岳(東稜)
 5月2日(木) 涸沢⇔奥穂高岳
 5月3日(金) 下山日

 ④登山本部: 横山

3.メンバーの最近の山歴

時期場所メンバー
2017年2月八ヶ岳横岳中田、松本
   3月阿弥陀北稜中田、松本 (梅村)
   4月甲斐駒黒戸尾根中田、松本
   7月葛葉川本谷、水根沢中田、松本、加藤 (山本)
   7月北穂東稜中田、松本 (豊内)
   8月奥秩父入川真の沢中田、松本、加藤
2018年2月阿弥陀南稜中田、松本
   3月八ヶ岳赤岳中田、松本 (梅村)
   4月槍ヶ岳中田、松本、加藤
   7月前穂北尾根中田、加藤
   8月北ア赤木沢中田、加藤 (奥村)
   9月東沢釜ノ沢中田、松本 (豊内)
2019年2月八ヶ岳横岳-赤岳中田、松本、加藤

4.行動の記録

2019年4月30日
12:30 上高地発 曇り
15:00 横尾着 テント設営

2019年5月1日
3:30 起床
4:30 横尾テント場発 曇り
5:40 丸木橋着
5:50 丸木橋発
6:50 2250m付近着
7:00 2250m発
7:30 涸沢着、テント設営
8:00 涸沢発 ガスで小雨
9:03 ザイテングラード直下 雪崩発生 3人に直撃
9:05 松本、加藤、中田の3人の無事を確認。
    他に下降していた2名が、雪崩に巻き込まれたが無事。
    我々の後続のパーティの安否が不明のため、中田が110番通報。
    松本署に転送され、事故の状況と中田の住所氏名連絡先を伝える。
    電話中に、雪崩を乗り越えて後続パーティが現れ、全員無事を確認し、事態の終了を松本署に告げる。
9:17 涸沢山岳警備隊から電話。雪崩の規模等を伝える。
9:25 下山開始
9:45 テント場、中田は警備隊に出頭

午後は豪雨、16時ごろ小雨

2019年5月2日
3:00 起床 高曇り
4:00 奥穂に向けて出発
5:00 ザイテングラード右のトレースが、新しい雪崩でほぼ埋まっている。
    下山時に気温が上がると雪崩の危険があると判断し、下山を決定
6:00 涸沢発
10:00 上高地着 解散

5.各自の所感

(1) 中田

□雪崩が起きた時の状況

 ガスってはいたが、昨日午後より雨は強く降っていなかったので、行けると判断した。
涸沢山荘の前で雪訓をしていた人に、小屋の人から奥穂は自粛するように言われていると告げられたが、判断は変えなかった。 尾根であるザイテングラードに向かうのが安全と考え、ザイテングラードに向かってまっすぐ中田がトップで進んだ。 ザイテングラード直下で、ザイテングラード右側を降りてくる人たちが見え、こちらに来いという風に手を振っていた。直下を、トラバスする、ちょうどその時、雪崩がゆっくり、我々に向かってきた。 幅30~50mぐらいで、逃げる時間はなさそうなので、ピッケルを差したが、すぐに跳ね飛ばされ、うつ伏せの状態で数十m流された。 途中、顔の周りに空間が無くなり、窒息して死ぬかと思ったが、すぐに頭が軽くなり、止まったので、立ち上がって、加藤の名前を二回叫んだところ、返事があった。加藤と松本の無事を確認し、心から安堵した。
 自分が二十歳代のころは、山で死にそうな目によく合ったが、30年ぶりに死ぬかと思った。 それよりも、二十歳代のメンバー二人を死なせてしまったかと思いながら、加藤の名前を叫んでいた時が、取り返しのつかないことをしてしまった恐怖を感じ、最も怖かった。二人が無事でよかった。
 今回の110番通報で、山梨県警に次いで長野県警にも、山岳事故の通報者としてファイルされることになった。

□次回への教訓

 30年前とGW時の天候、山の状況が変わっているので、GWは、沢沿いのコースはいかないのが一番と感じている。

(2) 松本

□雪崩が起きた時の状況

私がザイテングラード直下の雪崩発生を発見した当初、雪崩の進行速度は非常にゆっくりで規模も小さかったため、私たちパーティに雪崩が辿り着くことはないだろうと思われた。
しかし、その直後に雪崩の後方から大きい雪の塊がゴロゴロと押し寄せてきて、当初の予想を裏切り雪崩がこちらまで到達すると思われた。
この時点では、どのように自分が対処すべきか判断がつかず、前方の(おそらく中田さん)の動きを真似し、ピッケルのピックを雪面に突き刺して雪崩に流されない体制をとろうとした。
しかし、雪崩の威力は圧倒的で押し流された。
結果的には、半身が埋まった状態で20-30M流されただけで無事だった。

□今後の教訓

雪崩発生を発見した場合、即座に逃げる方向を判断し、パーティに逃げるように指示するとともに行動する。
特に今回のような締め雪の雪崩では、進行速度が遅くても一旦巻き込まれると抗うことができないため。

(3) 加藤

□雪崩が起きた時の状況

 GW前半は天気が悪く、涸沢で表層雪崩が起き10数人が巻き込まれたニュースも見ていたので、漠然とした不安はあった。 事故当日も頂上付近は曇っていたが、過去の沢登りや岩登りを一緒に乗り越えた経験から、中田さんの判断は信頼していたので、リーダの判断に従うことにした。
 50 mほど先で雪崩が来るのを発見したときは、自分の場所まで到達するまで5秒ほどあったが、少しパニックになっており、瞬時な判断はできなかった。 すぐ後ろの松本さんが、ピッケルを刺して体勢を整えていたので、それに倣った。 雪崩の厚さは膝上程度であったが、雨を含んでおり重かったため、耐えきれずにそのまま谷側に倒され、あおむけに流された。 流されているときは、このまま窒息死するのが嫌だなと思いながらも、顔が出て呼吸できていたことに少し安堵していた。 結果としては、半身が埋まった状態で松本さんと20~30 m流されただけで無事であった。 先頭で少し前を歩いていた中田さんとは20 mほども距離が離れており、少しの位置の違いでここまで影響が違うのかとぞっとした。

□今後の教訓

 今回の場合は、速度が遅かったため、雪崩を確認した瞬間に雪崩の流れの端に逃げるのが最適解であったと思う。 しかし、そもそも事前情報、天候、地形などから向かうルートが雪崩の発生リスクの高い状況かを判断し、事前に回避することが重要であるように思う。 そのためにも、知識に磨きをかけ、一人の登山者として、メンバーシップを発揮していきたい。

6.写真集

クリックすると拡大されます。

5月1日

雪崩後の様子雪崩から抜け出した加藤

5月2日

デブリの中を進む登山者下山中の加藤と中田
ザイテングラード周辺の雪崩の状況。全面に雪崩の跡が見える。

7.コメント

(1) 日比谷さん

●地球の環境変化により,山の自然も大きく変わってきた結果,登る側が持っていた旧来の概念が通用しなくなっていると,改めて思い知らされました.
同じ時期に燕岳に登った,首都大ワンゲルOBのFaceBookをみると,稜線から,かなり雪が消えています. 日吉のオフィスから見える富士山も,連休明けにはかなり黒い地肌が目立っていました.温暖化です.

●新雪ナダレの場合には,内部の地面に近い温度の高い層での昇華によるシモザラメ層での裂断が発生メカニズムと思いますが, 今回の場合は,雨水の潤滑効果によって,積雪が自重に耐えられずに,落下してくるという,地辷り的なものかと想像します.

●雪崩の直後に,沢山の写真を撮影しているとのことですので,医学部山岳部のスバリ岳事故に際して,検討メンバーになって下さった,法政大学(北大山岳部OB)澤柿先生に見て頂くと良いと思います. 発生のメカニズムなど,今回のナダレの的確な理解に繋がると思います.

(2) 梅村さん

今年の北アは2月まで雪は非常に少なく、3月、4月で平年並みに増えようです。GW前半、僕は西穂を登ってましたが、天気は悪く、吹雪で結構な積雪もありました。稜線から見え隠れしていた岳沢でも、デブリを確認しました。 GW後半の乗鞍岳山スキーはたっぷりの積雪で楽しめました。
 今年は4月に入ってからの降雪/積雪が結構あり、GW5月に気温も上がったり、降雨で、雪崩が起こり易かったと思います。
 例年であれば、4月に降雪は少なく、雪は安定するのですが、今年は後ろに少しずれた様に思います。
 やっぱり、こんな時には沢筋に近寄らないのが一番ですね。

(3) 中村さん

まず、温暖化とは関係ないと思っています。私が学生の頃から、コンディションさえ重なればGWの雪崩はありました。
ポイントは以下だと思います。

①直前の新雪

4月27日頃、季節外れの冬型となりましたよね。(冬型というより、寒気を伴った気圧の谷の通過、というのが正確かも知れませんが、、、)

 この日、東京に居ても季節外れの寒さでした。私はGW後半に苗場の春スキーに家族を連れて行く予定にしていましたので、 その事前情報を仕入れるために苗場(野寺さんの小屋の近くです)のホテルに電話したところ、この日は町でも積雪があり、チェーンが必要と言われました。

 従って、4月27日頃に、甲信越地方には新雪が降ったと考えられます。

 ちなみに、この時期の天気図は
https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/wxchart/quickmonthly.html?show=201904
で見ることができ、4月27日の本州中央付近は等圧線が縦になる「西高東低」に類似の気圧配置になっています。 どちらかと言うと、気圧の谷の通過による降水のようですが、当時の天気概況では「寒気を伴った」とあります。
https://tenki.jp/past/2019/04/27/weather/3/23/47618/

 余談ですが、、、
実は、このGWの季節外れの寒さで、私は、以前メールに書いた、京都府立大山岳部遭難を思い出しました。状況が似ていたためです。 きっとまたどこかで凍死していてもおかしくない、と思っていたら、案の定、そのような報道がありました。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/414637
(この記事には凍死とは書いてありませんが、別の記事で見ました。)

 とても嫌な予感がしたのですが、中田さん達の入山時期とずれているということで、特にそれ以上気にしませんでした。

②この時期特有の弱層

 この時期は、冬の間の積雪は解けて固まった状態になっていますので、そこに新雪が積もると、そもそもそこに明確な弱層が生じます。 もちろん、一般的にはシモザラメが弱層の原因となるのですが、この時期はシモザラメ以前に、旧雪上に新雪が積もった時点で、鉄板の上に乗ったアラレのように、弱層になるわけです。

③諸条件

 中田さん達の雪崩遭遇は5月1日、つまり新雪が降った数日後です。その状態で雨まで降り、かつ、涸沢というカールに入ったわけですから、確かに、雪崩が発生してもおかしくないと言えます。
普通、好天が数日続けば新雪も落ち着くと思いますが、今年のGWは5月1日頃まで、あまりハッキリしない天気でしたよね。GW始めの新雪が、あまり安定化しなかったのではないでしょうか。
 ザイテングラードに取りついてしまえば岩稜ですので、雪崩は来ないでしょう。従って、涸沢カールの下部からザイテン取りつきまでの間が第一の雪崩危険地帯で、この雪崩危険地帯を通過する場合は、
 ・いかに短時間でそこを通過するか  ・雪崩発生時に備えて、人と人の間隔をザイル1ピッチ分くらい空けて通過  ・雪崩が発生してしまった場合の備え(ビーコン・スコップ) が攻略のポイントだったのかも知れません。 (と、後からメールを書く人間は、勝手なことが言えます。)

④ルートの性質上、危険性を察知する場所が無かった諸条件

 出発前、剣への山行を検討していた際に
「雪崩の危険がある場合は危険地域に入らない(という前提で雪崩ビーコン等を携行しない)」
とおっしゃっていました。
 私は、原則通りではないけれど、そういう判断もあり得るかも知れないと思っていました。

 しかし、考えてみれば、今回のルートでは、涸沢到着までは雪崩の危険性を体感しにくかったのではないかと思います。 そもそも、上高地から涸沢までは人が既に入っていて、恐らくは踏み跡(トレール)がついており、新雪に直接触れる状況ではなかったのではないかと推察します。
 私の経験では、この時期、雪崩の危険を体感するのは、比較的標高の高い尾根筋をラッセルしている時です。 足を踏み入れると、新雪を踏みぬいた後に、硬い旧雪面に足が当たります。その旧雪面を踏んだ瞬間に、「ボコン」という音がして、半径3mくらいの範囲に振動が伝わります。 いかにも雪崩れそうな瞬間です。ただし、この体感を感じるのは、決まって人が踏み入れてない森林限界付近の尾根筋をラッセルしている時です。
 当日は、雨も降っていたようですので、濡れた雪で、斜面に入る前に弱層テストを行うという雰囲気でもなかったと思います。  ということで、ルート上、最初に雪崩の危険性を体感する場所が、今回の雪崩遭遇地点ということになるかと思います。

以上が、私の「推察」です。決して、温暖化という気候変動が原因ではないと私は思います。4~5月の固い雪の上に新雪が乗っていた、そういうことだと思います。
今後の対応ですが、やはり、今後は雪崩ビーコンとスコップの携行を真剣に検討してはいかがでしょうか。
なにしろ、今回、半分、体が雪に埋まっているわけですから。。。

今回は、事前にビーコン・スコップ携帯の是非の議論がありました。そして、雪崩を回避して入山、の判断がありました。そして雪崩に遭遇し、体が埋まる事態となりました。
私ならば、以後、必ずビーコン・スコップを携行すると思います。

中田さんに同行した、松本君、加藤君も、アルピニストを目指すのであれば、ビーコンの使い方をマスターするのは必須ですよ。

以上は、安全地帯で過ごし、現場にいなかった者が事後にのべた内容ですので、現場の感覚とずれた部分もあるかも知れません。

事故防止の観点から、思いついたことを全て書きました。

(4) 中村のコメントに対する中田のコメント

中村のコメントでその通りだと思ったのは、
「最初に雪崩の危険性を体感する場所が、今回の雪崩遭遇地点」
という点です。ガスのため視界が効かず、周りの雪崩の様子が確認できませんでした。翌日、涸沢ヒュッテの下から涸沢の全景が望め、全面に雪崩の跡がありました。5/1にそれが見えていたら、涸沢テント場から上にはいかなかったと思います。
 新雪の影響について、多くのコメントがありましたが、ズボズボの残雪期の雪の状態で
新雪で弱層があるいう感じは受けませんでした。
温暖化に関しては、
 ・早朝であっても涸沢で全くクラストしない
 ・5/1の午後は豪雨
という点から言いました。季節が一カ月程度早まっている気がしています。

いずれにしても、危ないことをしないことにしている私はGWに沢筋のルートを取る山には今後いかないことにしました。