小谷温泉・大渚山スキーツアー遭難

本文は1959年1月19日に関係者(BAK山の会:3名、KSTAC・OB:12名、同現役:1名)
により開かれた反省会の記録を写したものです。
亡くなられたT氏はKSTAC出身者ですが、既にOBであったためか、本遭難は嘯雲には触れられていません。
部室で記録を整理していて、遭難反省会の記録を偶然見つけ、経緯を知ることとなりました。
古い記録ですが、山の危険を認識し、類似事故を防ぐため、ここに報告致します。
また、人名は仮名とさせて頂きました。
亡くなられたお二人のご冥福をお祈り致します。


※低体温症の解説についてはこちらをご参照ください。


0.遭難の概要 (HPにアップするにあたり、遭難の概要を追加しました。)
BAK山の会のスキー強化合宿において、1958年12月31日、
大渚山に出かけたTSの2名は予定時刻 17:00 を過ぎても宿に戻らなかった。
24:00に出発した捜索隊は2:30に2名を発見し、蘇生を試みるが、最終的に両名とも死亡した。
当日の天候は、午前中は高曇り、午後より悪化し、14:00頃より雪。夜になって回復。
2名は大渚山登頂後、山頂下にデポしたリュックサック、さらには帰路を見失い、疲労凍死したものと推測される。

1.合宿の構成 
(HPにアップするにあたり参加者氏名等を省略しました。)
主催:BAK山の会
 (当時、T氏が所属していた山岳会
目的:スキー強化合宿
場所:小谷温泉付近
宿舎:熱泉荘
参加者:12名(会員5名、ゲスト7名、途中で抜ける者、後半のみ参加する者もいた)
日程:1958年12月29日〜1月4日
行動予定
 年内:小谷温泉付近でのスキー練習
 12月31日:大渚山下見
 1月2日:乙見山峠ツアー
 1月3日:大渚山ツアー

2.TSの山・スキー歴
 T:山、スキー共に7年
 S:山、スキー共に3年
経験はTが優れているが、スキー技術は大差なく、3級程度。
体力の点ではSの方が優れている。しかし両人の差は殆どないと云ってよい。

3.当日の両名の装備
a)着衣
 T:長袖の下着(綿)、シャツ(毛)、スポーツシャツ(コールテン)、サルマタ、、ズボン下(毛)、
  スキーズボン(毛)、軍手、オーバー手(皮)、靴下2枚(毛)、帽子
 S:長袖の下着(綿)、シャツ(毛)、Yシャツ(毛)、サルマタ、ズボン下(毛)、スキーズボン、
  皮手、靴下2枚(毛)、帽子
b)所持品
 T:マッチ4コ(濡れていた)、煙草1箱(残り2本)、眼鏡(予備、本人近眼のため)
 S:不明
c)携行品(リュック内のもの)
 T:水筒(満タン)、ラジウス(満タン)、コッフェル、シュピッツ、スペアワイヤー、食器、
  修理具(ドライバー、ビス少々)、マフラー、手袋、靴下、セーター、ジャンパー(ナイロン)
  ヘッドライト
 S:セーター、マフラー、ミトン、耳付帽子、アノラック、カメラ、地図、磁石、手帳、万年筆
・食料(主としてSが持っていた):タマゴパン2袋(内1袋は1/3食べてある)、バター1/4lb、
  チーズ1/2lb、リンゴ2個、ミカン6個(内2個食べてある)、チーズクラッカー3袋、ドロップ1袋
  砂糖少量、紅茶、チョコレート
d)スキー具
 T:カンダハ、前傾バンド、シール(ナイロン)、スキー靴
 S:セミラングリーメン、シール(本物)、スキー靴

4.天候
a)小谷温泉付近の天候
 朝高曇り、暖かく(+7℃)、10:30頃より小雨、12:00頃かなりの雨、14:00より雪となり、
 最初はボタン雪で次第に小粒の雨となる。16:00より小降りとなる。気温は+2℃位。
 夜天候回復。ガスあり。翌朝0℃位。
b)頂上付近の天候(当日高校生引率したガイドS原の話)
 湯峠まで高曇り、12:00より天候悪化、西風強く、見通しが悪くなり14:00より雪となる。
 雨は降らなかった。11:30に両人が第一斜面を登るのを見た。
 天候悪化のためS原一行は引き返す。

5.行動の記録(Sの手帳の記録)
 宿を出発(8:40)--ゲレンデ(9:10)--水道道路(9:30-40)--湯峠(10:30) 以後の記録なし
(注1:普通の雪の状態では上り4時間、下り3時間)
(注2:当日の雪の状態はゲレンデで積雪50cmくらい。よくしまっており、
 ラッセルも大したことはない。ただブッシュはかなりでている。)

6.行動の推測
a)推測の基礎となる事実
 1)両人共、リュックを頂上より150m手前の尾根下のブッシュわきにデポーしてあった。
  (1月1日14時15分、角笛山岳会一行が発見し、持ち帰った。)
 2)リュック並びにTのジャンバー(ナイロン製,リュック内にあった)が濡れていた。
 3)両人の発見された地点は大草連へ下る道(土地の人は知っているが普通は通らない)
  から10mと離れていない(地図参照
 4)第二斜面付近に道を探したらしいシュプールの跡が沢山あった。
  (捜索リーダーのS原氏(ガイド)によると2時間程度探したぐらいとのこと)
 5)発見(1月1日am2:30)時、Sは死亡、Tは後述の如くまだ生きていた。

b)行動の推測
 1)12:00リュックのみデポーした。昼食は取っていないから頂上へ行って
  すぐ引き返すつもりで(天候悪化のため)リュックを置いたものと思われる。
 2)頂上よりの帰途、すぐ道を見失い、リュックを発見し得ず、
  その間少なくとも2時間くらいは探したものと思われる。
 3)15:00頃リュックを探すのをあきらめ、帰途につくも、再び帰路を探さねばならなかった。
 4)疲れと空腹のために行動をあきらめ、あるいはSの疲労が特に甚だしく、
  現場付近で動けなくなり、救援を待つことにしたものと思われる。
  しかしTの疲労も甚だしく、特別な行動は取り得なかったと考えられる。
  この頃が18:00頃。

7.救助対策およびその経過
 1)出発の際、Tが20:00に帰着せざる場合は捜索を頼むと笑いながら云った。
 2)20:00に残っていたメンバーが熱泉荘に連絡、捜索を依頼した。
  前日熱泉荘の主人が死亡したため宿屋は大騒ぎであった。
 3)熱泉荘より山田屋に依頼、21:00に葛草連消防団に連絡した。
 4)21:30山田屋に主なる人が集まり協議、22:30出動決定。
  部落に戻り人員を集めて二つの捜索隊を編成。
 5)24:00第一隊(リーダーS原以下6名、葛草連消防団)、第二隊(リーダー I 以下6名、温泉組合)
  共に出発。総リーダーS原。
 6)第一隊は葛草連への尾根を大渚山へ。第二隊は鎌池,湯峠経由大渚山へ向かった。
 7)第一隊、2:00にTの声を聞き、2:30現場へ到着。Tの声は捜索隊の呼びかけに対する応答ではない。
 8)TSの首を抱えて、うつ伏せになっていた。応答がないので起こした。
   3人づつでSには人工呼吸、Tにはマッサージを施した。乾いたチョッキ、手拭を身体に入れた。
   Sは蘇生せず。Tは次第に回復して来たので、携帯燃料で股の間を暖める。空腹を訴えたので
   飯を二口程食べさせる。そしてSに食わせろと云ったが、意識は不明瞭であった。
 9)第二隊は連絡(1名尾根へ出て)により、3:00に現場に到着。1名は温泉に連絡のために下り4:10に熱泉荘着。
 10)Tは「足が熱い、この赤いものは何だ」と云い、おかしいので再びマッサージを始める。
  そのうちに眼の色が変になり「俺は大丈夫だ」と云っているうちに声が変になり、死亡した。
  死亡時刻は3:50頃である。
 11)捜索隊は始めから死亡するような危機あるとは考えず、カンフルその他の救急具、
  医薬、衣類の替え、燃料の用意をしていない。

8.現場の状況
 1)周囲はブッシュ(かなり密生している)、かなり急な斜面で人の重さでへこんだ程度の穴があった。
 2)リュックは両人とも持っていない。シールは腹に巻いてあった。着衣は後述の通り。
 3)スキーは脱いで、Sのはやや上に2本揃えて立ててあり、Tのは1本はそばに1本は3m上に立ててあった。
  ストックは死体を下ろす時に用いたためどこにどうなっていたかは不明なるも両人の近くにあった。
 4)Sは全身びしょ濡れ、Tは下半身と肩、手が濡れていた。
 5)上に階段登り(あるいは下り)の跡があった。

9.検死
 T:下半身極度の疲労、上半身との差が甚だしい。
 S:疲労は甚だしくない。Tよりかなり前に死亡している。
 両人共、捻挫の有無は不明なるも骨折はしていない。

10.欠けていたと考えられる事項
a)両人
 1)両人の帰着予定17:00は遅すぎる。
 2)残ったメンバーが弱かったにもかかわらず20:00に戻らなければ云々と云ったこと。
 3)リュックを手放したこと。(ましてや天候が悪化していたのに)
  (これが致命的な結果をもたらした。)
 4)地図、磁石はリュックに入れるべきでなく、身に付けておくこと
 5)マッチを防水袋の中に入れるべきだ。チョコレート位はポケットに入れておく。
 6)ラジウスよりも携帯燃料の方がよい。
 7)出来たら、デポー旗、赤布、細引き、ツェルトを持った方がよい。

b)捜索対策
 宿屋の主人の死、大晦日と云う悪条件が重なったためでもあったが、一般的に云えば、
 1)残りのパーティーにしっかりしたリーダーなり、メンバーが残っていること。
 2)日暮れに戻らねば対策の準備を立てること。
 3)いかに山暦のある人々であっても応急処置の出来る準備をして捜索隊は出発すること。

11.反省事項
 1)リュックはいかなる場合でも体に着けておくこと。
 2)スキーツアーといえども山であることを忘れぬこと
 3)事故者(凍傷、人事不詳)の処置を、専門家に聞いて知っておくべきこと。




wikipedia 低体温症